多様性に配慮した復興支援を

あすは、阪神・淡路大震災から丸19年。

阪神・淡路大震災をきっかけに、外国人被災者の支援を行い、現在は、復興庁上席政策調査官もつとめる、すごく意欲的な男性がいらっしゃいまして、以前から取材をさせていただきたいと思っていたのですが、ようやく実現しました。

兵庫県伊丹市出身の田村太郎さん(42歳)

私は田村先生と呼んでいるのですが、実は学生時代「ボランティア論」という授業でお世話になりまして。すごく面白い参加型の授業で、田村先生の授業は絶対に休まなかった記憶があります。

当時も先生はかなり忙しい方だったのですが、今もとにかく肩書きが多いんです^^;

もちろん大学の講師も数多くされていますし、著書もたくさんありますし、国の復興庁の仕事もそうですし。

主なものとすると「ダイバーシティ研究所代表理事(多様性に配慮した組織や地域づくりに取り組む。つまり、人種・性別・障害の有無に関わらず、過ごしやすい、災害に強い生活をするための研修・調査・研究をしている)

そして、阪神淡路大震災の頃から取り組む「多文化共生センター大阪代表理事(在日外国人の復興支援・神戸の街づくりなどの仕事)などです。

何で田村先生はこんなことをされているか?というと、高校卒業後、世界各地を旅し、そのあと、在日フィリピン人向けのレンタルビデオ店で働いていたんです。

ちょうどそんな時に阪神・淡路大震災に遭い、そのビデオ店に、在日フィリピン人の方が、助けて欲しいとどんどん電話をかけてきたり、訪れたりしました。

いても立ってもいられず、仲間たちの協力で、電話相談窓口「外国人地震情報センター」を開設したというのが全ての始まりだそうです。

それが23歳の時ですから、とにかくがむしゃらだったそうですが、こういった草の根活動をする中で、社会に必要なものがどんどん見えてきたと言います。

先生の話で印象的だったのが、阪神大震災の時と今とでは国の人口構成がかなり変わった、ということ。

これは、今後の防災を考える上で非常に大切なことです。(少子高齢化の現実を防災にも活かさないといけないということ)

また、外国人永住者が、年間2~3万人増えている状況も、永住者がまだ不慣れな在日外国人や観光客の支援にまわるようになったという、外国人の災害支援で大きく変化したポイントです。

「復興は入口があっても出口はない」田村先生が最近よく感じることだそうです。

復興とは何か?どういう状態か?というのも難しいという話だなと実感しました。

自分たちの手で街を作っていくという日頃の意識が、もしもの時につながっていくのでは、と改めて思います。

私達も、あす1月17日を前に、それぞれができる「防災」を考えてみたいですね。

♪Tonight Music♪

#1 クレア/ギルバート・オサリバン

#2 青い影/プロコル・ハルム

#3 ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード/ナンシー・ウィルソン

#4 WITHOUT YOU/ニルソン