ニュースキャプテン 喜怒哀楽

平成の大横綱 角界去る

2018/10/08 月曜日 - 18:17:55 by ニュースキャプテン

日本相撲協会が臨時理事会で貴乃花親方(46)の退職を承認した=10月1日。貴乃花部屋所属の力士、床山、世話人の千賀ノ浦部屋への移籍も承認、貴乃花親方の実父・故二子山親方(元大関・貴ノ花)が1982(昭和57)年に創設した旧藤島部屋の流れをくんだ貴乃花部屋は消滅することになった。

一見、旧態依然の”オジさん集団”と、はねっ返り”青年”のけんかのようにも見えるが⁈ ことは日本の国技である。突き詰めれば、人間関係のこじれの結果のようで、残念でならない。

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◆貴乃花親方は2003(平成15)年に現役を引退した後、2010(平成22)年の相撲協会理事選挙に出馬し当選、相撲協会幹部としても順風のスタートを切った。しかし昨年、元横綱・日馬富士の弟子・貴ノ岩への傷害事件の対応を巡り相撲協会と対立し、今年1月に理事を解任された。

さらに初場所後の相撲協会の役員改選に出馬したが落選。その後、相撲協会の処分に異議を唱え内閣府に告発状を提出していた。だが、3月の春場所で弟子の貴公俊が支度部屋で付け人に暴行し、その責任を取って告発状を取り下げ、一兵卒から再出発することを表明した。相撲協会からは師匠としての責任を問われ平の年寄への降格処分。わずか3カ月で相撲協会No.3から、序列でいえば88番目への5階級降格になった。貴乃花一門(阿武松グループ)を離れ無所属の親方となった。

ところが相撲協会は7月の理事会で、全ての親方は5つの一門(出羽海、二所ノ関、時津風、高砂、伊勢ケ浜)に所属しなければならず、無所属の親方を認めないことを決定。

貴乃花親方は告発状の内容を全否定しなければ、一門に合流できないとの有形、無形の要請を受けたという。それは認めることができないとして、9月25日に相撲協会に引退届を提出。同日開いた会見で、そう退職理由を明かした。

◆5つの一門に入らなけれはならないという決定は、すぐには公にされず協会側対応に疑問を残した。

協会側は、貴乃花親方が語った有形無形の一切の圧力を否定し、「運営補助金などの透明化、かつ各一門にガバナンス(組織統治)強化を担ってもらうため」と説明した。

八角理事長(55)は「直接話し合いの場を持つつもりだった」「一門で引き受けてもいいと思っていた」と語った。この「…つもりだった。…思っていた。」は、結局は後付けと思われても仕方ないのではないか。

「無念」と語った貴乃花親方も、近い親方の説得に耳をかさないなど頑なに過ぎた点もあろう。「名選手、名監督にあらず⁈」といわれる事もあるように、組織人として清濁合わせのめない一本道。歯切れも悪く、協会側の個人名を伏せずに明かすべきだった。

国技の世界、ともにもう少し懐深くあってほしかった。

◆若貴ブームは凄かった。

若花田、貴花田の兄弟は1988(昭和63)年3月場所でそろって初土俵を迎える。1991(平成3)年、千代の富士-貴花田戦を覚えている。夏場所初日、時の大横綱・千代の富士を破り初金星。「体力の限界」と語ったウルフ・千代の富士引退のきっかけともなった。後に若貴人気で、若い女性ファンの姿が目立つようになった。昭和の重厚な大相撲から、平成の大相撲に華やかさを持ち込んだ。

1995(平成7)年11月場所、千秋楽の優勝決定戦の舞台に上がったのは、12勝3敗の横綱・貴乃花と大関・若乃花。大相撲史上に残る一番、同部屋兄弟対決だった。

「若貴ブーム」として時代を席巻していた2人の対決。ところが、取組中に貴乃花が覇気のないように見えたことから”八百長疑惑”まで出る始末。結果は若乃花が下手投げで勝利し2度目の優勝を飾った。

後のインタビューで貴乃花は「やりにくかった」と答え、疑惑がさらに膨らんだことを思い出す。期待された激しい取組ではなかったが、兄弟なのだから当たり前だと思ってしまうが…「若貴対決」大相撲の名場面に違いない。

優勝22回の横綱貴乃花。日本の相撲界にとって大きな損失は明白である。その実績を無にしていいものなのか。相撲協会”経営”から離れ、かつ相撲協会も認める立場で大相撲支援など…その功績に報いる道はなかったのか。

◆今の相撲界に若貴時代の”魅力”はない。日本人力士の奮起も期待したい。いずれにしろ協会の顔の見えない、透明性に欠ける大相撲は支持されず、このままでは危うい。国民あっての国技、正々堂々の原点が求められる。まさに土俵際の正念場だ。

元貴乃花親方は、4日に永田町に姿を現し、馳浩元文部科学大臣と電撃会談。参院選出馬やプロレス転向かとの憶測が駆け巡るが、本人は「いや全く…またそんな器用にできない」。

真の国技へ 待ったなし!

<2018.10.8    S>

自民党総裁選 もっと身近に

2018/10/01 月曜日 - 18:17:48 by ニュースキャプテン

事実上の日本国首相を決める自民党総裁選挙、安倍晋三総裁(64)が3回連続当選を果たした=9月20日。地方票405・国会議員票405を合わせた獲得票で勝敗を決し、石破茂元幹事長(61)を553票―254票で破った。

今後3年間の任期。来年11月19日には、桂太郎(元長州藩士・陸軍大将)の首相在任日数2886日と並び「歴代最長首相」となる。

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◆石破氏は、戦前の予想に比べ地方票の約45%181票を獲得し「善戦」と言われたが、結果は完敗である。「出来レース」との声さえ聞こえてくる。

評価するべきは、石破氏が出馬し無投票にしなかったことだ。選挙戦も行わずまた無投票になっていれば、”首相選挙”はますます国民から離れ国民不在の政治になっていったはずだ。

しかし、今回の総裁選は盛り上がりに欠けた。早々と安倍氏が国会議員票の8割以上を押さえて「当確」。さらに候補2人の主張の違いが分かりにくい。ベースは同じ自民党の政治理念、違いは憲法改正しかもそのスタンスぐらい? 安倍氏の実績を認め、上回る議員がいない…結果は必然だった。

安倍氏は選挙後すぐに党要職・内閣に石破派から起用しないと、方針を明らかにした。少子高齢化、対米中露、対北朝鮮では非核化、拉致問題、来年には参院選も控えている…国内外に難題山積の時期、政治的に前へ進むためには当然といえる…一方で安倍政権の正念場、ブレない一国の”舵取り集団”を期待したい。

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◆地方票は、党員・党友106万人以上(2017年)の票を全国一括で集計、得票数に応じて405票分(国会議員票と同数)を比例配分する。単純計算だと約2600人=1票か…。

総裁選の仕組みは2014年の改正で、300票と固定されていた地方票が国会議員票と同数(今回405票)になり、地方票を重視する制度になった。

実は改正のきっかけは2012年の前回総裁選、決選投票は今回と同じ対決構図「安倍ー石破」。1回目投票、地方票で石破氏が圧勝したが過半数に届かず、国会議員のみの決選投票となり安倍氏が逆転した。当時、衆参合わせた国会議員票198、地方票300だった。

この時、結局は国会議員だけが決めるのか⁈ 「地方の声があまりに弱い。もっと反映してほしい!」との声が上がったからだ。

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◆今回の選挙戦で唯一と言ってもいい興味は、小泉進次郎氏(37)の動向だった。キーマンとして小泉氏は、やっと投票日当日に前回と同じ石破氏支持を表明。「健全な批判勢力が必要だ」と語ったという。

安倍陣営からは「仮に小泉氏の表明が7日の告示前だったら、地方票で逆転されていたかも…」という安堵のささやきも。

事実、2001年総裁選では父・小泉純一郎氏が地方票で圧勝することが分かり、”勝ち馬”に乗ろうと国会議員票も小泉氏に雪崩を打ったことがある。

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“土壇場”での小泉氏の表明。冷遇覚悟で敗者につくことで対外的に筋を通し、一方で安倍氏にも、ギリギリの態度表明で礼を示し決定的な関係悪化を回避。考え尽くされた絶妙のタイミング⁈ 恩を売ったのか⁈

注目される内閣改造・党役員人事。安倍氏は、石破氏らを冷遇するが「挙党内閣」の形を見せるはずだ。その候補に小泉氏の名があがり、大臣でなくても”表舞台”に出る可能性はある。小泉氏を抜擢すれば政権の目玉になり、挙党態勢も示すことができる。

さて小泉氏はどうするか。「戦が終わればノーサイド」と受諾するか、「石破氏を推した立場として資格はない」と固辞するか…先も見つめ、その立ち居振る舞いは小泉氏自身も問われることになる。明日になれば分かることだが…。

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◆「総裁選って?どうせ国会議員で決めるんでしょ」と、諦めにも似た思い…国民にはいつも”遠く”感じる。何とかもっと参加できないものか。

反対、批判ばかりの野党、政策力・実行力とも健全な2大政党制にほど遠く…一足飛びに米大統領選のように、とも行かない。さらに成熟した政治社会のもとに、制度改革も含め「国民の1票」が重みを増す将来こそ願う。

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国民主権日本  1票の重みは

<2018.10.1    S>

「自分らしく」 さらば2人

2018/09/24 月曜日 - 18:17:41 by ニュースキャプテン

◆樹木希林さん逝く、75歳(9月15日)。左目の失明、全身がんでも淡々とした生きざま、人の強さは自然体なんだと教えてくれた。映画「万引き家族」の絶妙な姿、「寺内貫太郎一家」の身もだえ「ジュッリー!」…肩の力が抜けた存在感、記憶に残る。

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その語録も深くホッと、恐れ入る。

「靴下でもシャツでも、最後まで使い切る。人間も十分生きて自分を使い切ったと思えることが、人間冥利に尽きるということ」

「他人と比較しない。世間と比較しないこと。比較すると這い上がれないので」

「…来世で出会わないために、今完璧に付き合っているのよ」(抜粋)

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ロックンローラー内田裕也さん(78)との夫婦生活も、凡人には理解できない。初デート後すぐ内田さんがプロポーズしスピード婚(1971年)、そして間もなく別居。

1981年には、夫・内田さんが一方的に離婚届を提出。この騒動の会見で、樹木さんは「これから本当の夫婦の一歩」とさらりと語り、内田さんは妻・樹木さんのことを「ひと口で言えば、おっかないひと」。その後樹木さんは、裁判で離婚届を「無効」にする強さを見せた。結果、40年以上の”別居婚”。

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数日後、内田さんが思いをつづった。

「…啓子 今までありがとう」(かつては樹木さんを頭文字の「KKさん」と呼んでいたが、本名の「啓子」と呼び掛けた)

「おつかれ様…見事な女性でした」

内田さんは、30日に営まれる樹木さんの葬儀で喪主を務める。

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◆翌16日には「平成の歌姫」、安室奈美恵さん(40)が引退した。

1970年代、バブル崩壊から間もなく日本がまだ下を向いていた頃、「アムラー」と呼ばれ社会現象にまでなった安室奈美恵さんが登場した。厚底ブーツで上を向いて歌い踊り、若い女性たちを牽引し元気づけた。そう、日本を後押ししたのは、政治でも企業でもなかったのかもしれない。

安室さんの活躍で、女友達は初めて胸を張って「私、沖縄出身です」と言えるようになったと言った。

歌やファッションだけでなく、同じ時を生きた人々と等身大だった⁈ それが同じ世代の背中を押し、つまずいた心を励ました。街頭インタビューで若者たちは「安室奈美恵も頑張ってるから、私も」「僕の人生変えてくれた、ありがとう」…日本、捨てたもんじゃない!

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この人の言葉も温かく、”応援歌”に聞こえてくる。

「私も、仕事柄、自分の事を書かれるのは仕方ないと思うし、自分自身の事であれば何を書かれても構わない。でも、大切な家族や自分の生き方を”安室奈美恵”の犠牲になんてさせない」

「経験することは、一番の未来につながるもの」

「誰にでも時間は平等だし、過去は変えられないけど、今や未来は自分しだい」(抜粋)

ラストライブは9月15日。東京ドーム10分の1にも満たないが、故郷沖縄・宜野湾市の会場だった…日本中のファンを感動と涙で包み込み、さっそうと去った。そして翌日引退日、故郷が送りだす花火をさらりと浴衣で楽しんだ。

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◆時代とともに、人それぞれがリンクした映画・ドラマ、そして音楽。最後まで第一線の2人…「自分らしく」貫いた。

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心は Never End

<2018.9.24    S>

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▼「ニュースキャプテン 喜怒哀楽」―事実は小説より奇なり!?ニュースや日々の出来事に目を凝らし、喜怒哀楽を伝えていきたいと思います(毎月曜予定)。

褐色の肌 大坂なおみ選手快挙!

2018/09/17 月曜日 - 18:17:15 by ニュースキャプテン

アメフット、ボクシング、体操…2020年東京五輪まで2年を切り、選手ファーストが当たり前の世界で”不祥事”が相次いでいる中、爽快なスポーツ界の出来事だ。

◆テニスの全米オープンで大坂なおみ選手(20)が、4大大会=全英・全仏・全米・全豪=シングルスで日本勢初の優勝を果たした。日本人選手がまったく歯が立たなかったビョルン・ボルグ選手(1976-80年 全英5連覇)世代としては信じられない日、嬉しい!

◆大坂選手はハイチ出身の父、日本人の母の間に大阪で生まれ、3歳で米国へ。幼い頃遊びに来ていた大阪市の靭テニスセンターは、一気に盛況だという。祖父母は北海道根室市に在住。台風や地震の被災地となった大阪や北海道も励まされた。

決勝の相手が、四大大会23度の優勝を誇り、大坂選手の憧れの存在セリーナ・ウィリアムズ選手(36)だったことも初制覇に彩りを加えた。

大会後に今最も食べたいものを聞かれると、たどたどしい日本語で「トンカツ、カツ丼、カツカレー…抹茶アイス」。インタビューの受け応えに、日本人女性の素顔と魅力も見せてくれた。


◆イケメンのドイツ人コーチ、サーシャ・バイン氏(33)の存在も大きい。大坂選手の飛躍の根幹は、身長180cmの身体を自由に繰れるようになったフィジカルの強さだ。しかしスポーツ・勝負の世界で、いかにメンタルが大事かも示した…大坂選手の完璧主義を解消した精神改良、それを成し遂げたのはコーチの手腕だ。これも「選手ファースト」の一つと言える。

大坂選手のパワーに焦る?女王セリーナ選手の苛立ち…さらに判定・抗議やブーイングで騒然とする中、平常心を失わなかった精神的成長、世代交代も見せつけた。

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◆褐色の肌をした大坂選手の快進撃に、日本中の多くのファンが感動した。一方で「純粋な日本人と違うしなぁ…」などと”心ない”声もあった。この活躍が、日本のさらなる「国際スポーツ国」への後押しとなってほしい。

陸上競技ではケンブリッジ飛鳥選手、サニブラウン・ハキーム選手といった海外にルーツを持つ日本人選手が五輪代表を目指し、最速を競っている。バスケットボールや野球、サッカー、ラグビーなどでも、いま普通の光景だ。国民の期待とともに、選手たちの目標・憧れになりつつある。

スポーツの世界だけではない。来日外国人を含め、さまざまな国籍、人種の人々が国内に暮らす。あえて言うまでもないが、それが健全なものである限り差別・偏見から解き放たれた社会でなければならない。

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真のスポーツ国  JAPANへ

<2018.9.17    S>

災害列島 力合わせて

2018/09/10 月曜日 - 18:17:58 by ニュースキャプテン

ゴォーと風が渦巻く音とともに、社ビルが揺れた。スタジオの外窓が外れかけて、あわや大惨事か…それほど凄まじい暴風雨だった。

9月4日正午頃、非常に強い台風21号が徳島に上陸、2時間後には神戸に再上陸した。近畿を中心に大きな被害をもたらし、死者は5府県で13人に上った。

[ニュース情報部はM部長・Fアナウンサー・Sキャプテン連携で、刻々と変わる状況をタイムリー報道]

◆日本列島に上陸した台風は1951年以降、今回の21号がちょうど200回目となった。7~9月に集中し164回、8月が70回と最も多い。都道府県別にみると、1位・鹿児島41回、2位・高知26回、3位・和歌山23回。

◆気象庁は朝からすでに暴風・大雨など警報を発令。JRや私鉄も前日から運休予告を初めて行った。「えーっ!今から」などと驚き、批判の声も聞かれたが、早い判断と”脅し”は懸命で効果的だったといえる。平日昼の大阪の都心に人が少ないことが負傷事故や混乱、帰宅困難者…多様な人的被害を抑えた。

◆一方で、お粗末なタンカーの関西国際空港連絡橋衝突。当時、瞬間最大風速51.8メートルが吹き荒れる関空周辺。一気に流されてしまうことは容易に予測できたはず、事前に湾から離れるとか何か手は打てたはずだ。衝突により片側車線が大きく損壊し道路が盛り上がり通行不能、あげく関空には8000人が孤立してしまった。

海と見まがうように浸水した関空は翌日から、被害を免れたB滑走路を使用し国内線、翌々日には国際線が一部再開するという迅速な対応。いい教訓として大阪空港・神戸空港と連係し発着便を振り分け、オール関西の見せ所だ。状況に応じ、即座に対応できるルールを作るべきだ。

◆延べ約219万戸が停電した関西電力は、情報提供不足や停電解消・復旧に手間取った感を否めない。

近畿では6日経ってもなお約1万戸(10日午後現在)で停電が続き、和歌山、京都の一部地域では長期停電の恐れさえある。

◆その2日後の未明、北海道胆振(いぶり)地方で最大震度7の大地震が起き40人の死者を出した(10日現在)。

ライフラインはまひ、北海道の半分の電力を担う苫東厚真発電所が緊急停止した…道内全域で停電となる国内史上初の「ブラックアウト」に陥った。停電は解消されたが、供給不足のため道民に2割節電を求め、その上で計画停電の検討にも入る異常事態だ。

2011年の東日本大震災後、首都・東京は電力逼迫で、計画停電の寸前までいった。地下鉄など節電を優先し、数週間は薄暗かったのを覚えている。少しくらいの暗さや不便さを受け入れ、協力が大切な時だ。

◆被災者支援も急務だ。20日投開票される自民党総裁選真っただ中だが、”支援予算”を最優先するべきだ。多くの企業も救援金を募っている(OBCも実施)。被災自治体・地へではなく「被災者の手に」渡ってこそ支援だ。さらにその先の「働く場」提供など、被災者の再起こそ求められる。

◆「異常気象だ」「地球全体が変だ」「想定を超えた事態」とよく耳にする。もはやこれが「普通」と考えるべき時代ではないか…そして減災へ備える。

乗り越えろ 日本列島

<2018.9.10    S>

またか 病める米の銃社会

2018/09/03 月曜日 - 18:07:44 by ニュースキャプテン

”自由の国”米で、また若者による銃乱射事件が起きた。銃規制が議論になる中、一向に減らない。

◆米南部フロリダ州で開催されたオンラインゲーム大会の会場で、白人のデービッド・カッツ容疑者(24)が銃を乱射する事件があり、2人が死亡し11人が負傷した(日本時間8月27日未明)。目撃者によると、カッツ容疑者はその場で自殺したという。地元当局はテロの可能性はなく、単独犯としている。

2月にはフロリダ州パークランドの高校で、退学処分となった容疑者が銃を乱射し、生徒ら17人が死亡する事件が起きた。その後”標的”となった学生たちが「もう我慢できない」と銃規制を求める声を上げた。事件があった週末、全米各地で学生や市民を中心に大規模デモが起き、ロサンゼルス市庁舎の前には銃規制を求める10万人以上の市民が集まった。

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◆米国の人種構成比率は意外にも?白人が78.1%を占める大多数、黒人が13.1%、その他が8.8%となっている(2011年時点)。しかし誤解を恐れずにいうならば、ヒスパニック系、アジアン、先住民ら人種のるつぼゆえの”差別”は根深い。自己防衛に過敏になる一因ではないだろか。

2003年(米同時多発テロ9.11から2年)に米マスコミを視察した。首都ワシントンのレストランで夕食をとったが、空席が目立っていたにもかかわらず奥の端っこの席へ追いやられた記憶がある。有無を言わさぬ応対に”気圧”された。

そして国旗・星条旗を目にする機会が、日本に比べ圧倒的に多い。行く先々であちこちで目にするのは、なるほど人種をまとめる重要な役目を果たしていると感じた。

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◆米では銃を500ドルで簡単に買える。ガンショップは全州で5万店を超え、これは日本国内のコンビニ店とそれほど変わらない数だ。この点だけでも米の銃規制が簡単でないことを表している。

また、銃による死者は3万人を超える。その内訳は、殺人よりも自殺の数が圧倒的に多い。自殺が約6割を占めており殺人は約3割といわれる(残り1割は意図しない事故・誤用)。

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◆アメリカ合衆国憲法修正第2条

【規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない】

この条項が米国における銃規制反対の根拠になっている。この”武装権”は、2つの説を持つ―民兵を組織するための州の権利であり個人に銃所持を認めたものではないとする集団的権利説と、個人が武装する権利であるとしてみる個人的権利説だ。

銃規制に反対する巨大な圧力団体が全米ライフル協会だ。1871年、南北戦争に勝利した北軍出身者、銃販売業者や銃愛好家などにより設立され、会員は約400万人に上る。映画「ベン・ハー」の主演男優チャールトン・ヘストンも協会長を務めた時期がある。

◆乱射事件が起きるたびに、銃規制の声が高まる。しかし規制は進まない。トランプ大統領も消極的だ。自らは自らで守る建国の歴史、自由の国であるがゆえに”病める国”とは皮肉なものだ。

悩みのLiberty

<2018.9.3   S>

第100回 輝いた君の夏

2018/08/27 月曜日 - 18:00:20 by ニュースキャプテン

◆第100回夏の高校野球は8月21日、大阪桐蔭(北大阪代表)が金足農(秋田代表)に13-2と大勝し、史上初の2度目の春夏連覇で幕を閉じた。金足農は秋田県勢で第1回大会以来103年ぶりの決勝進出。しかし初の東北勢優勝の悲願はかなわなかった。

常勝軍団vs.雑草軍団の決勝戦、ひときわ公立の農業高「カナノウ」は日本中を沸かせた。

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◆100回を数える記念大会は、一方で「初」の出来事が多かった。

「雑踏事故防止のために」外野席を有料化し500円(子ども100円)、アルプス席などの料金も引き上げた。それでも甲子園総入場者数は過去最多、初めて100万人を超えた。

雨で順延0日の酷暑。試合中に選手たちがペットボトルの水を飲む姿が見られた「給水タイム」を設けた。

延長13回表からは、ノーアウト1、2塁で始める「タイブレーク制」。体力の消耗を防ぎ勝敗が早くつく、賛否はあったが実施された。史上初は第2日、佐久長聖(長野)―旭川大(北北海道)。先頭打者が送りバントで、攻め方がほぼ決まってしまうが…導入は成功だったといえる。

◆準優勝・金足農の中泉一豊監督は、5回12失点で降板したエース吉田輝星投手について「もっと早く代わらなければいけないところだったが…できれば最後まで放らせたかったが、将来もある子なので」と交代の理由を語った。

吉田輝星投手は「もう俺投げられない」と言ったという報道がされた。口には出さなかったが満身創痍の甲子園881球、地方大会を含めると1517球だった。

せめて決勝は、1、2日空けて試合できるシステムを作ってやるべきではなかったか。

米国で報じられた「虐待」とまでは言わないまでも真夏の連投、もう再考するべき時代だ。過密日程を組む、主催側の思いやりが欠如している。

チームとしては、なぜリリーフ投手をつくれなかったのか。投げ続け投げ切る試合は、歴史を振り返ればそこにドラマが生まれたり、皆胸を踊らせた…だが若者の未来を思う、それも指導者の一使命ではないのか。

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◆「見よ草の芽に 日のめぐみ
農はこれ たぐひなき愛…われら拓かむ」(抜粋)

故郷へ届けとばかり、金農ナインが背をそらせ高らかに校歌を歌った姿も清々しい。

決勝戦後、吉田輝星投手「亮太のリード、捕球があってこそ自分の投球」。菊地亮太捕手「吉田がいたからこそ、ここまで成長できた」。いろいろなものを呑み込んで、心打たれる言葉だ。

◆平成最後の甲子園56校の16日間、そして全国3789校の熱戦だった。

がんばった!感動の夏

<2018.8.27    S>

あおり運転 殺人起訴

2018/08/20 月曜日 - 18:00:19 by ニュースキャプテン

お盆の道路渋滞の時期も過ぎた。家族や大切な人を乗せた運転に神経を使い、帰ってグッタリという人も多くいただろう。命にかかわる車の運転…なのに許しがたい行為が後を絶たない。

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◆大阪府堺市で乗用車にあおり運転の末追突され、バイクの大学生(22)が死亡した(7月2日)。大阪地検支部は、運転していた中村精寛容疑者(40)を殺人の罪で起訴した(7月23日)。クラクションを鳴らし1分間追跡、時速100㌔㍍近いスピードで追突。その後、中村容疑者は酒を飲んでいたことも分かった。許せない”殺人行為”だ。

殺人罪適用は異例だが、「過失でなく殺意があった」とした地検の判断は妥当である。

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数日後、愛知県岡崎市では高速道路で「あおり運転」などを行い、ほかの車を急停止させたとして大学生(19)が暴行容疑で逮捕された。この行為はさらなる命の危険をもたらした。この2台に後続の計5台が絡む事故が起きたからだ。

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◆あおり運転が大きな社会問題となるきっかけは、2017年6月に起きた東名高速道路の夫婦=萩山嘉久さん(45)・友香さん(39)=死亡事故。注意された腹いせに石橋和歩被告(26)が執拗なあおり運転の後、一家が乗ったワゴン車を無理矢理停車させ、そこに後続のトラックが突っ込んだ。石橋被告は喜久さんの胸ぐらをつかむなどの暴行にも及んだ。長女と次女は奇跡的に助かった。

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◆”奇跡”といえば、8月1日に起きた奈良の商店街暴走もそうだ。数人がはねられ重大事故になった可能性は極めて高い…なぜ道路交通法違反(最高刑懲役5年)で済むのか、まったく理解に苦しむ。

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◆あおり運転によって交通事故を起こし、相手を死傷させてしまった場合には、危険運転致死傷罪が適用され、以下の罰則が科せられる。
・負傷事故で最長15年以下の懲役
・死亡事故で最長20年以下の懲役(場合により最長30年以下にも)
・免許取り消し、欠格期間5~8年の行政処分
重罰だが、被害者やその家族からしてみれば、わずか10~15年で加害者が解放される、再びハンドルを握ることもできるということに、到底納得はできないはずだ。
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◆東名高速道路事故から1年後。

両親を亡くし奇跡的に助かった長女(16)が、思いを手紙に綴っている。

「毎晩思い出してしまうので、今でも辛いです。自分でもよくここまで生きていたと思います」。

「両親には何度も今までのことを手紙に書こうと思ったけど思い出すたびに涙があふれ、棺に手紙を入れてあげることさえできませんでした。今回も短くしか書けませんが、事故直前まで幸せに生きてこられた感謝と、もしただの骨ではないなにかになっているのだとしたら、幸せであってほしいということを伝えたいです」

そして手紙は、こう締めくくっている。

「今後、このくだらない事故が少しでも世の中をよりよく変えてくれるなら無駄ではないと思えます。だからそのような人が減っていってほしいです」。

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◆事象に追いつけない法、弱者に寄り添えない法、一刻も早く幅広い適用・整備をするべきだ。

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法よ 人のために!

<2018.8.20    S>

73回目 命つなぐ夏

2018/08/13 月曜日 - 18:00:42 by ニュースキャプテン

広島(8月6日)と長崎(8月9日)に、平成では最後となる73回目の「原爆の日」がきた。

◆いずれも安倍晋三首相、被爆者や遺族、各国代表らが参列し平和を祈る式典が行われた。長崎では、初めて国連のグテレス事務総長も参列し「長崎を惨禍で苦しんだ地球上最後の地にしよう」と呼びかけた。松井一実広島市長、田上富久長崎市長ともに「核兵器のない世界の実現へ国際社会の行動・責任」を求めた。

しかし、いぜん核保有国は現存する。五大国(米、英、仏、露、中)やインド、パキスタン、北朝鮮…まして日本は”核に囲まれている”という現実下にある。

◆新聞各紙には「核廃絶、平和誓う」「風化させぬ」など、例年と変わらぬ大見出しが並ぶ。まるで去年のコピーのようなものまである。”大局報道”分からなくはないが…伝わってこない。

◆広島の平和記念式典で子どもを代表し、米広優陽君(市立五日市東小6年)と新開美織さん(市立牛田小6年)が「平和への誓い」を宣言した。「僕らが原爆の事実を受け継がないと、今まで被爆者の方が語ってきてくれた意味がなくなってしまう…私たちが学んで心に感じたことを伝える伝承者になります」。猛暑の青空に大きな声が響いた。聴く者の心にも響いた。伝わった。

長崎では「高校生平和大使」ら国内外の高校生ら120人による”若者集会”も行われた。全員で黙とうした後、原爆投下中心地を示す碑を囲んで手をつなぎ「人間の鎖」をつくった。米ハワイ州から参加した女子高生、ブルーク・ボルトンさん(17)は「世界の若者が連携することで、平和な世界に変えていけるはず」と思いをぶつけた。

◆被爆者(被爆者健康手帳所持者、2018年3月末現在)は15万人以上で年々減少、平均年齢は82歳を超えた。

8月6日、86歳女性が広島女学院高等女学校修了証を授与された。13歳1年生のとき被爆した内田瞳さん(86)。両親を亡くし幼い弟妹を養うために、学業を諦め働いた。「これで胸を張って女学院の生徒だったと言える。子どもや孫にも見せたい。宝物です」。

5歳のとき広島で母妹を亡くし、4年前の豪雨土砂災害では、救助隊員に「妻を先に助けてくれ」と懇願した夫を失った。自身も左足切断の大けがを負った宮本孝子さん(78)は言う。「夢や希望のある若い子が、同じ目に遭ってはいけないじゃろ」。

◆悲惨な事実を見つめ、生きてきた道のりを思う…それが忘れないこと、命をつなぐこと。せめて、毎年巡りくるこの暑い夏には。

明後日8月15日は「終戦の日」。

二度と起こさない  伝える夏

<2018.8.13    S>

歌は世につれ 世は歌につれ

2018/08/06 月曜日 - 18:17:32 by ニュースキャプテン

◆ボブ・ディラン(77歳・1941年生まれ)が7月29日、ノーベル賞受賞後初の日本公演を行なった。新潟での野外音楽イベント「フジロックフェスティバル」の最終日に登場し、エンディング「風に吹かれて」など16曲、文字通り風に吹かれて聴くファンを魅了した。

2016年、ミュージシャン初のノーベル文学賞受賞は世界を驚かせた。受賞理由は「偉大な米国の歌の伝統の中に、新たな詩的表現を創造した」だったが、政治的活動も影響したことは否めない。

◆歴史にifは空しいが、もし生きていたら先に受賞しただろうと思うミュージシャンがいる。ジョン・レノン(1940年生まれ)。

1980年12月8日ニューヨーク。元ビートルズメンバーでソロ音楽家、政治・平和運動でも世界的名声を得ていた40歳のとき射殺された。妻ヨーコ・オノと帰宅した高級集合住宅入り口で、幼少期にビートルズ好きだったマーク・チャップマン(25)の銃弾に倒れる。その6日後、ヨーコの呼びかけに応えた数百万の人々が世界中でジョンを追悼し、10分間の黙とうを捧げた。ニュースとして世界へ流れ、日本でも伝えられたのを覚えている。

世界の同じ時間に、数百万人の心をつかむ。そんな人間がいただろうか、政治家でもいまい。

◆青春時代、日本ではフォークや歌謡ポップス全盛だった。団塊世代でもなく新人類でもない、自虐的に?言えば”中途半端な世代”か。

同世代といえば中3トリオ。山口百恵が引退したとき、恥ずかしながら「青春の区切りか」などと感じた。くすんだ心と希望が交錯したアリスの「遠くで汽笛を聞きながら」、かぐや姫の「22才の別れ」は地で行った。ポプコン・グランプリ受賞の中島みゆき「時代」や、忘れ得ぬ人が浮かぶ荒井由実の「卒業写真」…聴けば不思議とその時代・人・情景が迫ってくる。気づかずに癒やされ、背中を押してくれていた。

◆そんな1970年代に歌謡界を牽引した「新御三家」の一人、西城秀樹(63)が5月16日死去した。

高校の音楽室、ヒデキをまねてスタンドマイクを蹴り上げていた。とにかくカッコよかった。2度目の脳梗塞のあとの姿に、ファンからは「見たくなかった」の声が聞かれた。それでも自分を”晒し”ステージに立ち、病気のことも語り続けた。最期までカッコいいじゃないか。

東京・青山葬儀所での告別式には、喪服のオッさんオバさんら(失礼)1万人以上が集まった。出棺のとき♫ブルースカイブルーが流れ、外苑東通りまで大合唱が響き渡った…今も時々思い出す、演出を超えた”ラストコンサート”だった。

できるなら、80歳のYOUNG MANが見たかった。

◆「歌は世につれ世は歌につれ。時代を超えて語り継ぎたい歌がある」…それぞれに、それぞれの時代がある。涙して励まされ、そして皆見えない力をもらった。

歌っていい!いつの世も。

<2018.8.6 S>