天馬ディープ 死す

ディープインパクトが死んだ(7月30日)。17歳。人間でいえば52、3歳か。治療していた頸部の手術をし、翌日に突然起立不能に…レントゲン検査で頸椎に骨折が見つかり、回復の見込みが立たないことから安楽死処置が取られた。

◆競馬ファンでなくとも、ディープインパクトの名に記憶がある人は多いだろう。
2005年「無敗の3冠馬(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)」。1984年のシンボリルドルフ以来、日本競馬史上2頭しかいない。
2004年〜2006年の3年間に全14戦12勝(G1 7勝)。残る2戦は、2005年有馬記念2着と世界最高峰・フランス凱旋門賞の3着入線(後に禁止薬物が見つかり失格)。

◆ディープインパクトを語るのに欠かせないのは武豊騎手(50)。互いに認め合い信頼し合った史上稀に見る名コンビ。デビュー戦から引退レース・2006年末の有馬記念まで、全14戦に手綱をとった。「死す」の報に武騎手は「私の人生において本当に特別な馬でした。彼にはただ感謝しかありません」と語った。
ディープの走法は、追い込み・差し。途中は中団から後方を走り、最後の直線一気に加速、次元が違うスピードで他馬を抜き去る。馬体の上下動が少なく沈み込むように駆け抜ける…武騎手の名言「空を飛んでいる」を生んだ。

◆競馬の世界を超えて社会現象にもなった。
「ディープー武」の姿は一種アイドル的であり、競馬場に若い世代が増え華やかさを加えた。ハイセイコー、オグリキャップ人気に続く、第3次競馬ブームをつくったといえよう。
競馬報道は、当時の新聞では専らスポーツ紙の領域だった。一般紙での競馬報道はスポーツ面の域を出なかったが、「ディープー武」は1面に写真付き、社会面でサイド記事と異例の扱いとなった。

◆引退後は種牡馬となり、牝馬3冠・ジェンティルドンナやダービー馬・キズナなどその子たちは大活躍し獲得賞金1位を続けている。

ディープの早い死は、競馬界に大きな損失だが、残した足跡は消えない。お疲れさん、ありがとう。
そして日本競馬界の悲願、ディープが挑んで叶わなかった仏凱旋門賞の優勝…その子たちが成し遂げる日を願って。

夢 時代”飛んだ”!
<2019.8.5 S>