中国共産党 揺らいだ日

 

1989年、中国北京の天安門広場は血に染まった。民主化支持者の胡耀邦元総書記の死去をきっかけに、学生中心に政治改革を求める運動が拡大、6月4日に中国政府は武力鎮圧を強行した。戦車の前に丸腰で立つ若者の映像は忘れがたい。
この「血の日曜日」から暫く後、中国当局はようやく死者数を「319人」と公表、海外の報告では1千人以上、1万人規模という推計もある。

当局は「天安門事件は動乱。ソビエト崩壊のようにならず、正しい選択だった」と明言、世界に発信した。

◆30年経った今なお死者数さえ明らかにせず、全容の公表はない。それどころか、中国国内ネット情報では「天安門」は検索できない。若い世代は、6.4に何があったかさえ知らない。今や世界第2位の経済大国になったのは、共産党一党政治のお陰と思っても不思議はない…。
当時、学生リーダーだった王丹氏(50)は「(人権状況は)天安門事件前よりも、はるかに悪くなっている」。
裏返せば、中国共産党の力は強く統制も強くなったということだ。

◆1989年は、世界で社会主義体制の転機を迎えた時。11月には東西ドイツ統一の「ベルリンの壁崩壊」が起きている。
日本国内はリクルート事件や消費税導入で竹下内閣が退陣、引き継いだ宇野内閣(参院選惨敗、女性問題で69日間の短命内閣)だった。そして海部内閣は欧米の対中経済政策に同調したまではよかったが、いち早く円借款凍結の解除を打ち出した。国際社会の”制裁”が続いていれば歴史は変わっていたかも、とまでは言わないが…。

◆国境なき記者団が毎年公表している「報道自由度ランキング」によると180ヵ国中、中国は177位。今年も外国人記者たちは天安門広場に近づけなかった。
目前の大阪G20。任期制廃止を唱えた習近平中国主席も来日する。経済、尖閣、ガス田問題…「人権」にも日本は堂々と意見を!

歴史の惨劇 消してはいけない
<2019.6.10 S>