ぽっぽや 降旗監督逝く

高倉健主演の「鉄道員(ぽっぽや)」「あ・うん」や「網走番外地」シリーズなどを手がけた日本を代表する映画監督、降旗康男さんが20日亡くなった。長野県出身、84歳。
2016年に遺作となった岡田准一主演「追憶」(17年公開)の撮影終了後、しばらくしてパーキンソン病を発症。療養中の今年4月に体調を崩して入院後、肺炎を患い…通夜、告別式は故人の遺志により無宗教で近親者のみで執り行った。愛飲していた日本酒「久保田 千寿」と愛用のメガネ、愛用の時計を祭壇に供え、大好きだったポルトガルの民族歌謡「ファド」を流したという。
◆鉄道員(ぽっぽや)。
廃線間近の北海道ローカル線が舞台。17年前まだ幼かった一人娘の雪子、そして妻の静江(大竹しのぶ)が亡くなった日も仕事をこなし、駅のホームに立ち続けていた駅長・乙松(高倉健)。定年目前、ホテルへ再就職するよう誘われるが、鉄道員でなくなった自分など想像できなかった。友人の駅長(小林稔侍)が言う「横すべりでホテルの役員に収まる半端な俺とは格が違う。あれが、ほんとのぽっぽやじゃ」。
黙々と業務をこなす乙松の前に小さな女の子が現れ、手には亡き娘・雪子にあげたものとそっくりの人形。次には「妹の忘れた人形を取りに来た」と、12歳の少女が駅舎に…そして続いて、女子高生(広末涼子)が制服姿で姿を見せる。女子高生は本当に鉄道が好きらしく、2人は誰も来ない駅舎で話を弾ませ、乙松のために鍋まで作ってくれた。「私、鉄道の人のお嫁さんになるのが夢だから」…乙松は、もういつ死んでもいいと少女にこぼす。死んだ雪子が幽霊となって、17年で成長していく姿を見せに現れたのか、強く抱きしめる乙松に雪子は微笑んで抱き返す。翌日駅のホームには、冷たくなった乙松の亡骸が雪に埋もれ、ラッセル車の乗員が発見した。
雪の駅、片田舎の自然・情景、何気ない会話、そして喜怒哀楽…時折流れる「テネシーワルツ」(高倉健さんの亡き元妻・江利チエミさんのヒット曲)もまた、”にじみ出る味”があった。
◆鉄道員(1999年公開)を初めて観たのは2001年。父が亡くなりすぐの年明け2001年2月、新聞社デスクとして大阪本社から東京本社へ異動となった。学生時代以来20年ぶりの東京生活。2001年は重大事件の多い年だった。アメリカ同時多発テロ、附属池田小事件、新宿歌舞伎町火災、明石花火大会歩道橋事故…「君が東京に来てから、事件が多い!」と、厳しくも嬉しい声を浴びた。そんな中楽しみの一つは、いつしか週末のビデオ観賞になった。
◆近くのレンタルビデオ店で毎週数本借りては1週間かけて観る…そんな怠惰な父を見かねてか、娘(当時9歳)に「そんなに映画が好きなら、得点でも付けたら」と言われ、大学ノートに5点満点の点数をつけ感想を書き始めた。
映画はシナリオ、役者、映像、そして人それぞれの思いによって感動も違ってくる…数本しかない5点満点が「鉄道員」についている。
亡き娘が生きていればの想定で、幼い時、女学生の時…入れ替わり現れるシーン、極めつけは父と娘の最後の会話。苛まれ続けた不器用で寡黙な父(高倉健)に、娘(広末涼子)が語りかける。「ありがとう、お父さん。ゆっこ(雪子)は幸せだよ」…泣けた。
不器用で一筋、日本の映画監督がまた逝った。
映画の魅力 今もなお
<2019.6.3    S>
*「ニュースキャプテン喜怒哀楽」2年目に入りました。思いを大事に続けていきたいと思います。*高岡美樹の「べっぴんラジオ」でニュース解説も始めました。
引き続きよろしくお願いします。S