米朝首脳 再会談”決裂”

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◆経済成長著しいベトナム・ハノイで、トランプ米大統領と金正恩北朝鮮朝鮮労働党委員長が再会談を行った(2月28〜29日)。しかし、合意文書で折り合いがつかず物別れ”決裂”し、予定されていた共同声明・宣言?も幻となった。仮にも一国の指導者が、世界注視の会談で何も残せないとは…。
自国内外も絡む、威信をかけた駆け引き会談。「完全な制裁解除」を求めた金正恩委員長に、トランプ大統領が拒否したと伝えられている。当然であろう。トランプ大統領が迫った寧辺の核施設査察・全施設公表を金正恩委員長ものめなかったと言われるが、まず北朝鮮への「完全な制裁解除」はあり得ない…ただ他にも何かあったのか!?
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◆今回の決裂は、中途半端な合意で米中韓の”仲間外れ”になるよりはよかったとの見方もできる。
朝鮮半島の非核化は隣国として当然重要であるが、日本にとっては「拉致問題」の前進・解決こそだ。トランプ大統領は拉致問題について、会談で2度触れたという報道もある…米を通しての道筋。いずれ歴史の時間が解明するはずだ。
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◆2002年8月30日、「小泉首相が北朝鮮訪問へ」と福田康夫官房長官が電撃発表した。9月17日、小泉純一郎首相が訪朝。国交のない北朝鮮へ、政治家は安倍晋三官房副長官だけで総勢7人という最少随行で”乗り込んだ”。
金正日北朝鮮総書記は初めて拉致について認め謝罪し「英雄主義者の暴走」と語った。一方で「5人生存、8人死亡」という返答も突きつけられた。北朝鮮は「横田めぐみさん、田口八重子さんら8人死亡」と一方的に通告してきたが、その後に遺骨が別人であったり、全く根拠のない点が次々と判明した。
そして10月15日、地村保志・富貴恵夫妻、蓮池薫・祐木子夫妻、曽我ひとみさんが祖国日本の地を踏んだ。政府チャーター機のタラップを降りる5人の姿は、今なお鮮明に目に浮かぶ。
あれから無情にも17年が過ぎた。
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◆最初の拉致報道は1980年、大先輩である阿部雅美記者のスクープだった。「アベック三組ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」の大見出し、産経新聞朝刊1面トップ記事。が、他紙に追随する記事はなく日本政府も”無視”が続く。ようやく1987年、大韓航空機爆破事件から「拉致」が国際ニュースに、拉致被害者奪還運動へつながっていった。報道がなければ、今なお闇だったかと思うと…。
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◆最愛の家族を取り戻すべく闘い続けてきた、拉致被害者家族会会員も高齢だ。横田めぐみさんの両親、滋さん86歳・早紀江さん83歳。田口八重子さんの兄で家族会代表の飯塚繁雄さん(80)は「最後のチャンス」と語った…もはや待ったなし、一刻も早い具体的前進を望む。
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◆歩み寄ったかに見えた米朝会談”決裂”…皮肉な事に日本にとって、17年前の「小泉訪朝」の状況に似てきていると言えないか?チャンスなのかもしれない。
安倍晋三首相は「次は私自身が金正恩委員長と向き合わなければならない」。
日本の誇りをかけて、拉致被害者が帰るまで訴え続けて行く、つないで行く。
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諦めない 家族を返せ!
<2019.3.4    S>