キャプテンの一言 » 2017 » 7月

7/31(月)キャプテンの一言

2017/07/31 月曜日 - 22:27:39 by captain

▼きょうから侵略的外来種ベスト100でもトップ級
の扱いを受けているヒアリの調査が地域を拡大
して始まった。環境省と国土交通省、そして地元
自治体の協力できょう、神戸港の周辺2キロ圏で
捕獲用のワナを使って実施された。この調査、
捕獲は全国68の港湾で8、9、10月の3カ月間
行われる。ヒアリは南米原産で中国や台湾を経由
して日本に侵入したとみられる。外来種による被害
は日本だけではない。ヒアリだって直接南米から
入ってきたとはみられていない。日本からほかの
国に出て行った種はいないだろうか。有名なところ
では大豆などの豆類やブドウ類の花や葉を食い
荒らす「マメコガネ」というコガネムシの仲間は
1916年にアメリカのニュージャージー州で発見
された。マメコガネは日本の固有種で重大な農業
被害をもたらす害虫になっている。アメリカでは
1912年に甲虫類の検疫が始まっているので、
それ以前にすでに侵入してしまっていたのだろう。
マメコガネはアメリカで「ジャパニーズ・ビートル」と
呼ばれている。このジャパニーズ・ビートルが
スイスには現れた。
先週、共同通信が伝えたもので、それによると、
イタリアと国境を接するティチーノ州で発見された。
これはすでに侵入を許してしまったイタリアから
もたらされたものと推測される。イタリアで確認
されたのは2014年、ヨーロッパではポルトガル
で1970年に見つかっているという。このように
外来種を防御することは相当難しい。
しかも害虫なら被害は甚大なものになる。
世界一斉の駆除方法を考える必要がある。

▼いよいよ直虎最大の試練が訪れる。徳政令に
よって井伊家が領地を失うというもの。つまり、
井伊家が国衆でも地頭でもなくなる。昨夜の
NHK大河「おんな城主 直虎」は武田信玄の
南下戦略によって風雲急を告げる展開となって
きた。抵抗できない今川氏真は徳川家康の三河
と接する井伊の場所を直轄にしたいというのは
当然のことだろう。この徳政令は永禄11年
(1568年)に出されたことになっている。
関口氏経と井伊次郎の連名となっている。この
井伊次郎が男子であるといわれている。つまり
直虎はこのとき、すでに領主(後見)の地位になく、
関口氏経の子が名乗ったといわれている。
家康の正室、瀬名の実家、関口親永との関係は
判明しない。一連の井伊家の扱いからすると近い
関係ではなかったことが分かる。ここに至って
虎松(のちの直政)の命が狙われることになる。
そこで母親のしのとともに現在の浜松市にあった
頭陀寺(ずだじ)城主だった松下清景のもとに
再婚することとなった。ちなみに以前にもここで
紹介した通り、のちの豊臣秀吉、当時の木下
藤吉郎が織田信長に仕官する前にいたのが、
松下清景の義弟・松下嘉兵衛ということになる。

▼かつて瀬戸祝田村の甚兵衛ら百姓が求めた
徳政令、直虎の綿花栽培や瀬戸方久を領主に
取り立てるなどの政策で立ち消えとなっていた。
それが突然復活して襲い掛かってきた。番組では
第13回の4月2日放送に遡る。昨夜が第30回
放送だったので随分時が経ったように思われるが、
2年前の話だった。井伊直虎に関してはなかなか
史実が伝わっていないので表現が難しいが、この
徳政令発令の命令が出されてから虎松が家康に
仕官するまでがもっとも辛い期間だったと想像
する。そういう面から長く描こうとしたのか、
それとも想像力を発揮できる絶好の時期と捉えた
のか定かではないが、徳政令は置いておいて
なかなか面白かった。ただ日本全体がもの凄く
激動している時代を描いているという意識も
持ってもらいたいと思う。

7/28(金)キャプテンの一言

2017/07/28 金曜日 - 22:00:20 by captain

▼ついにヒアリが人を襲った。尼崎で日本で
初めて発見されて以来、全国に広がっている
ヒアリの確認情報。きのう(27日)福岡市博多
区で中国から船で運ばれてきたコンテナの中
で見つかった。荷物の運び出しをしていた30
代の男性が左腕に痛みを感じて見てみるとアリ
がおよそ10匹まとわりついていたという。払い
のけたものの、その中の1匹に刺されたようで
「クラゲに刺されたような痛さだった」と話している。
ボクも子どものころに実家(今は違うが)の海で
何回もクラゲに刺された経験がある。種類に
よってはかなり痛い。そして刺された場所が
しっかり分かる赤く腫れあがりミミズばれとなった。
知り合いなどは気絶しかれるほどで溺れる寸前
だった。1匹とはいえ、さぞかし痛かったのだろう。
これで、次も同じだと思ったら大間違いである。
ヒアリの毒はアレルギー反応を引き起こすもので
アナフィラキシーショックという言葉を最近よく耳
にする。これは1回目で体が抗体を作り、2回目
で激しく反応する仕組みで、人それぞれで反応
は大きく違う。ヒアリについて1度はアメリカで
年間100人の死亡例があると話題になり、のち
「死亡例はない」とされたが、これは間違いで
やはり死ぬことはある。症状が人によって違い
すぎるため、さまざまな情報が流れてしまった
というのが実態。5月26日に見つかって以来、
毎週のように拡大していく発見情報から、すで
に多くのヒアリが日本に上陸しているとみる方
が正しいだろう。南米原産で夏はより活発に
なるだろうから地面には注意深く行動したい。

▼小倉競馬と新潟競馬が今週から始まり、
JRAもいよいよ夏本番となった。小倉の開幕
週は障害重賞(GⅢ小倉サマージャンプ)が
あるものの平場は1600万下クラスの佐世保
Sがメーンレースとなる。一方、新潟では名物
の直線1000メートルレースGⅢ「アイビス
サマーダッシュ」が行われる。毎年、開幕週に
行われるので馬場状態(芝)は重馬場であっても
良好のはずだが、圧倒的に外枠が有利という
特殊な結果が出ている。過去10年を見ても
2007年1着13番、2着16番(枠連7―8)、
08年同18番、同5番(同3―8)、09年同17番、
同18番(同8―8)、10年同9番、同12番(同
5―6)、11年同3番、同12番(同2―6)、
12年同16番、同17番(8―8番)、13年同
13番、同4番(同2―7)、14年同2番、
同11番(同2―7)、15年同13番、同9番
(同6-8)、16年同4番、同13番(同4―8)
となる。7枠か8枠が絡まなかった年は過去
10年で1度だけ。枠連8―8が2度もある。
つまり有力馬が外枠を引けば『鬼に金棒』だし、
内枠ならカモになる可能性が高まるというわけ。
ということで8枠16番の絶好枠を引いたアクティブ
ミノルが軸となり、1番人気が予想されるビリーヴ
の娘、フィドゥーシア(5枠)10番)が2番手で。

▼一方、北海道シリーズは函館から札幌に
舞台を移し、牝馬限定のGⅢ「クイーンS」
(芝1800メートル)がメーンレースとなる。
ここにはヴィクトリアマイルの勝ち馬アドマイヤ
リードとNHKマイルVのアエロリットの2頭の
GⅠ馬が出る豪華な顔ぶれ。北海道の2場は
洋芝でスピードよりパワーが優先されると
いわれていたが、函館がレコードラッシュになる
高速馬場だったので、札幌がどんな馬場に
なっているのか、土曜日の結果で判断する
必要があるだろう。

7/26(水)キャプテンの一言

2017/07/26 水曜日 - 22:00:08 by captain

▼きょう(26日)フィリピンの東海上で台風
9号が発生した。今月に入って7個目となり、
7月としては1994年以来の大量発生となった。
この年は合わせて36個の台風が発生しており、
概して7月の発生数が多い年は全体でも多く
なっている。ただし上陸数は連動しているとは
いえず、その点では一安心だろう。しかし、地球
温暖化の影響は台風の勢力にも表れている。
特に雨量の多さと強風だろう。日本の台風は
おおむね南の海上の熱帯低気圧が発達して
最大風速が10分間平均で17メートルを超えた
時点で発生したことになる。天気予報で「大型で
非常に強い」などと表現されるが、大きさは風速
15メートルの半径で決まり、500キロメートルから
800キロメートル未満が「大型」、800キロメートル
以上は「超大型」と呼ばれる。また強さは最大風速
で決まり33メートル以上44メートル未満は「強い」、
44メートル以上54メートル未満が「非常に強い」、
そして54メートル以上が「猛烈な」となる。ちなみに
木星の大赤斑は高気圧の渦といわれている。現在、
関東の東南の海上に迷走中の台風5号があり、
週末には太平洋沿岸は波は高くなり海水浴には
注意が必要となる。9号も今後北上するだろうから
西からと東からの台風情報には敏感になりたい。
とにかく「50年に1度」とか「ひと月分の雨量が1日
で」など本来聞くことのないフレーズが頻繁に出て
くるようになった。これは常態化したと思って対処したい。

▼日本の参加を決めている月面基地建設に朗報
が飛び込んできた。CNNが25日配信したもので、
これによると火山の噴火で月面に噴出した太古の
火山灰や岩石の中に水分を含んだ「ガラス玉」が
ふんだんにあるという。アメリカのブラウン大学の
研究チームが科学誌「ネイチャー・ジオサイエンス」
に発表した。研究チームはインドの月探査機「チャン
ドラヤーン1」の画像分光器が2008年に捉えた画像
を解析して発見した。一つ一つの「ガラス玉」に含ま
れる水分は当然ごく僅かだが、これらを含む面積は
数千キロメートル、深さは数キロメートルに及んで
いる可能性を指摘している。月の水についてはNASA
=アメリカ航空宇宙局=のアポロ計画が始まった時には
「ほぼない」とされたが、その後の探査結果から極や
クレーターの中で氷として見つかり、去年には1000兆
トンも存在するという研究結果も発表されている。これ
は月の草創期(46億年前に近いころ)水を多く含む小
惑星が次々と衝突して、それが地下に残っているという。
確かに月には無数の小惑星の衝突跡であるクレーター
が存在する。火山にしても衝突であっても、これからの
月開発には偉大な光明といえるだろう。

▼月曜日に今川氏真のことを長く書きすぎて寿桂尼
(義元の母で、氏真は孫)でちょっと気になったことを
書きそびれたので少々。氏親の正室として公家の中
御門家から駿府に下り、氏親の次の太守(領主)氏輝
とさらに次の義元を産み、義元の子が氏真ということ
になる。また娘が北条氏康に嫁いでいる。23日放送
のNHK大河「おんな城主 直虎」では死に当たって
の執念が描かれていたが、井伊家に対しての行動
は定かではない。しかし寿桂尼のたっての希望で
今川館の鬼門の方角(東北)に埋葬された。その寺
は龍雲寺という。これはどういうことなのか。脚本の
森下佳子氏はこのことを念頭に直虎と龍雲丸を登場
させてきたのだろうか。もちろん虚(龍雲丸)と実(寿
桂尼=龍雲寺)を直虎へ強く影響を与えた人物として。
そうであれば「さすが」というしかない。ただ「実」が
消えた今、「虚」の方にも退去願いたい。

7/24(月)キャプテンの一言

2017/07/24 月曜日 - 22:08:20 by captain

▼1度は地球外生命からの信号ではないかと、
世界が大いに盛り上がった地球からおよそ11光年
離れたところに存在する「ロス128」と赤色矮星
からと見られる信号は地球外生命らかのものでは
ないことが判明した。先週末22日にAFP時事など
が伝えた。それによると、プエルトリコ大学アレシボ
校のメンデス所長はブログで「もっとも考えられる
説明は、1つ以上の(人工の)静止衛星からの送信
信号」と説明している。というのも「ロス128」周辺に
現れるのは、多くに静止衛星が存在している天道
の近いからだとしている。第一、「ロス128」は
変光星の中でも外側や大気の爆発によって不規則
に光を放つ「爆発型変光星」といわれるタイプで
あるとともに、質量が太陽の0・15倍、半径は
同0・21倍しかない。そのうえ、可視光の明るさが
同0・00036倍と非常に暗い恒星。たとえ生命が
いたとしても交信できるような知能を有している
とは思えない。しかし、これをもって地球外生命が
いないというのが間違いだと思う。太陽系がある
銀河系だけで、およそ2000億個の”太陽”がある
と見積もられているのだから。しかも水素や炭素
、酸素といった元素は宇宙の中では極めてあり
ふれたもの。銀河系の中だけでも地球に近い惑星
(あるいは衛星)、生命の生存に耐えうる星がある
ことの方が当然と思える。そして銀河系のような
銀河が宇宙に2000億個もあるとみられている。
交信という手段は距離の関係で非常に難しい。
根気よく続けていくしかないだろう。

▼ついに今川家を支えてきた寿桂尼が亡くなった。
つまり、今川家が刻一刻と滅亡への進んでいる
ことを意味する。昨夜のNHK大河「おんな城主 
直虎」今川家滅亡の序章と同時に井伊家も同様
に滅亡の淵に立たされたことになる。氏真では
武田信玄や徳川家康を相手に手も足も出ないと
いうところが普通の見方だろう。ドラマではいか
にも「戦いぞ」(昨夜の回だけ)とやけくそになって
いた。氏真は自分が戦に向いていないということ
を知っていたと思う。だから掛川城に逃げ込んだ
あとも一応、城主で家臣の朝比奈泰朝らが抵抗
を続けたが、攻め手の家康に家臣の命を絶背ける
ことを条件に開城した。このとき、親戚の北条氏康
も間に入っていたが、その後今川家が大名として
存在することはない。
つまり、この永禄12年5月をもって東海の雄、
今川家が完全に滅亡したことになる。

▼しかし、氏真自身はとりあえず、氏康を頼り、
小田原などで今川残党とともに武田へ抵抗を
続けたが、氏康の死亡後は氏政の代となり、
無援の状態となった。それでも氏真は生き続け
た。織田・徳川連合軍と武田勝頼により長篠の
合戦の時、徳川軍の一員として出陣している。
勝利のあと天正4年(1576年)牧野城(かつて
の諏訪原城)の城主になっている。もちろん、
家康によって「してもらった」というところだろう。
1年後、城主解任となり、出家して「そうぎん
(宗に門構えの中に言)」と号した。そして京都に
移り、仙巌斎と称して和歌や連歌を通じて公家
と交流を深めたという。そして江戸幕府が開かれ
ても生き続け慶長19年(1615年)に江戸で
亡くなっている。77歳と当時としては高齢で天寿
を全うした。父・義元が桶狭間の合戦で討ち死に
したことと比べてどちらが幸せだったのか、
なかなか考えさせられる親子の生き方である。
寿桂尼も孫の長生きを喜んだに違いない。

7/21(金)キャプテンの一言

2017/07/21 金曜日 - 22:00:39 by captain

▼滋賀県栗東市にある「椿山(つばきやま)古墳」
(5世紀前半築造)から大阪府羽曳野市の誉田
御廟山(こんだごびょうやま)古墳の出土したものに
匹敵する笠形木製埴輪が6点出土した。きのう栗東
市教育委員会が発表したものできょうの新聞各紙に
掲載されていた。これまで奈良県を中心に数多く出土
している笠形埴輪だが、今回見つかったものは長径
76センチ、短径64センチの大きさで応神天皇陵と
される誉田御廟山古墳に次ぐ国内最大級のもので、
被葬者が大王(おおきみ)の近親者か匹敵するほどの
権力を有していたことがうかがえる。笠形埴輪は身分
の高い人にかざす蓋(きぬがさ=日傘)をかたどった
ものと思われる。埴輪に使われていた材質は「コウヤ
マキ」といわれる松の仲間で、高野山に多く自生して
いたため、この名前がつけられたといわれている。
この「コウヤマキ」、世界的に珍しい種類の樹木で
現在では日本と韓国の済州島にしかないとされる。
水に強く、朽ちにくい特長から古代、棺の材料として
最高級だった。つまり埋葬者は不明だが大和朝廷と
深い関わりがあり、かなりの権力者だった可能性が
高いだろう。

▼ボクなりの推論をいわせてもらいなら、大王との
血縁関係が強い人物だったと思う。現在の滋賀県
米原市を中心とした琵琶湖東岸を拠点としていた
有力豪族「息長氏」ははじめ大王に妃を出す血統
だったが、のち父母ともに息長氏の血が濃くなった。
その人こそ第26代・継体天皇ではなかったか。
継体天皇は応神天皇の五代の孫とされる。現在
の福井県越前から最終的に大和に入った天皇と
されるが、実家は近江とみられている。近江の息
長氏が勢力を越前まで伸ばしていったというのが
正解ではないか。こうしたことから今回笠形埴輪
が見つかった椿山古墳の被葬者は大王の血縁
者だった可能性が高い。日本の古代史は2000
年近くもあるため、分からない部分が多い。まず
思い浮かぶのは卑弥呼の邪馬台国。今では奈良
(纏向遺跡)を中心とした近畿がやや有力になって
きたとはいえ、九州が消えたとはいえない。ボク
自身は邪馬台国は北九州だと思っている。この
ほか聖徳太子は実在したのか、あるいは本当に
厩戸皇子だったのか謎のままである。このコーナー
でも何度も書いてきたが、聖徳太子の正体は蘇我
馬子の長男、善徳(ぜんとこ)だと思っている。
さらに古代から長く繁栄した藤原氏の祖、鎌足は
本当に中臣馬子だったのか、鹿島神宮が出身地
なのか―などなど謎は尽きない。だから歴史は
面白いといってもいいだろう。

▼連日、厳しい暑さが続いている。大阪市では
3日連続で猛暑日となり、きょうは気温は35・1
度とそれほどでもなかったが、湿度が高いため
不快指数はきのうより高かったように思う。こう
した気候だと気になるのが台風だろう。気象庁
はきょう午前に南鳥島近海で台風5号が発生した
と発表、午後には、さらに東で台風6号が発生した
と立て続けに発表した。ともにスピードが遅く(5号
は時速10キロ、6号は同15キロ)日本列島への
影響はないが、今がシーズンのサンマ漁をして
いる人は警戒が必要だろう。また、フィリピンの
東にも台風の卵(まだなっていない)ができており、
来週後半からは暑さに加え、台風情報のも
注意してもらいたい。

7/19(水)キャプテンの一言

2017/07/19 水曜日 - 21:54:26 by captain

▼きょう、ついに大阪市で今年初めての猛暑日
を記録した。午後3時44分ごろ35・5度まで
上昇した。この気温はきょう全国でもっとも
高かったようだ。気象庁はグッドタイミングで
近畿ほか、広い地方での「梅雨明け」を発表、
イッキに夏本番となった。今年は夏が来る前から
「暑い夏」になるといわれていたが、いきなりど真ん
中になるとやはりぐったりしてしまう。ウェザー
ニューズによると、今年の夏は2度ピークがやって
くるらしい。きょうから8月初旬にかけてが第1波、
お盆の時期はやや緩み、8月下旬から9月上旬
までが第2波と予想している。特別暑くなるパターン
はまず太平洋高気圧の勢力が強くなり、西へ張り
出し北への範囲を広げ日本列島を北海道を除き
すっぽり覆う形となる。これが普通の夏のパターン
だが、これに加えてこの高気圧の上空に大陸から
チベット高気圧が覆いかぶさり高気圧が二重に
なると、猛烈な暑さとなる。こうなると列島全体が
ユデダこ状態である。広範囲で大気を撹拌して
くれるような台風が接近しないと二重のブロックを
打ち破ることはできない。しかし、台風が列島を襲う
と災害が心配になる。それでなくても地球温暖化に
よる海水温を上昇で台風の威力も増大している。
ことしの夏はどちらにしても要注意が必要となる。

▼きょうの産経新聞などに猿人が樹木から降りて
地面での二足歩行のきっかけになったのは森林
の草原化ではなく、涼を求めた結果だとする仮説
が掲載されていた。京都大学の竹元氏が発表した
ものだが、果たしてそうだろうか。竹元氏によると、
2005年から2008年にかけてアフリカでチンパンジー
やボノボ合わせて10頭を観察して気温との関係を
調べた結果、比較的気温が低い時間は樹上にいる
が、気温が上がると地表面に降りる傾向が多かった
という。つまり草原への進出以前に、森の中での
地面での生活が始まっていたというもの。人類の
祖先というべき猿人はおよそ700万年前に出現
したとされている。そしてわれわれ新人と分類される
ホモサピエンスはおよそ25万年前に出現した。
そして現代まで続いている。しかし、旧人に分類
されるネアンデルタール人が完全に消滅したかと
いえばそうとも言い切れない。なぜならヨーロッパ人
の遺伝子の中に存在が確認されており、日本人
にもデニソワ人の遺伝子が含まれているといわれ
ている。人類の歴史的長さからいうと旧人以前が
ほとんどとなる。確かにサルと人の違い、直立二足
歩行は単純に草原や森林の地面を歩いただけでは
成立しないと思う。

▼人となるためには数度にわたる突然変異と
その遺伝子の継続だったと思われる。現代の
サルにも当然ながら好奇心旺盛な個体がいる。
これは人も同じだし、そのほかの哺乳類にも存在
するし、鳥類でもそうした個体がいることが分かって
いる。道具を使うカラスもいる。しかし、大きく進化
発展するためには脳を大きくする必要がある。
その起点が直立二足歩行であり、道具の使用
だろう。われわれの近親であるサルたちはおそらく
あと100万年未来でもそれほど進化せず、今と
それほど変わらないだろう。とても「猿の惑星」の
ようにはいかない。それは単純に地面に降り立った
ということでは説明がつかない突然変異という要素
が必要となる。普通の進化では人類の誕生はあり
得ないと信じている。地上生活を始めたサルたち
の中で1%にも満たない個体に数十代にわたり
突然変異が起こり、その遺伝子が継続していった
としたら、今の人類の繁栄があっても不思議では
ないと思っている。

7/17(月)キャプテンの一言

2017/07/17 月曜日 - 22:04:44 by captain

▼昨夜の寿桂尼は迫力満点で見ごたえがあった。
NHK大河「おんな城主 直虎」のサブタイトルは
「死の帳面」、今月77歳になった浅丘ルリ子さん
の死を目前にした演技は久しぶりに釘づけに
なってしまった。今川家の主だった家臣と面談を
行い、裏切る可能性を判断していく様子、
そして井伊直虎に「×」を印した内容はこれまで
のだらけた印象を一変した。話を進める前に
先週の訂正とお詫びを。気賀城はなかったので、
堀川城のことだろうと書いたが、昨夜の中で
「堀川城」として登場して、瀬戸方久を城代とした。
先週ふれたように堀川城は徳川家康に攻められ
て、最終的に1700人が犠牲になったとされて
いる。家康らしからぬ残虐性だが、これが井伊家
の城であるならこれまでの直虎の生き様とは大い
に違うことになる。今後の展開に注目したい。

▼寿桂尼は藤原北家、勧修寺流の中御門家の出
で、父は権中納言、宣胤で今川義忠の嫡子氏親
の正室。氏親の母は後北条として小田原に君臨
した北条早雲の姉、北川殿である。北条早雲は
伊勢新九郎と名乗った時代があるが、その出自は
伊勢平氏であり、初めて武士が政治の頂点に
立った平清盛と同じ流れを組む。鎌倉幕府の執権
北条氏の平氏だから、早雲がその名を継いでも
決して不思議なことではない。北条氏は早雲の後、
氏綱―氏康―氏政―氏直と続くし、今川氏も氏親
―氏輝―義元と氏の文字が非常に多い。寿桂尼
の娘も北条氏康に嫁いでいる。かなり濃い親戚
となっている。だから武田信玄(こちらは源氏)との
仲裁に北条幻庵が登場してくるのも当然といえる。
しかし、幻庵(北条長綱)は後北条の創始者・早雲
の4男で1493年(明応2年)の生まれ、のち箱根
権現の第40世別当になっている。昨夜の場面が
1567年(永禄10年)のことだからすでに74歳の
時の話である。実際に100歳近くまで(1589年、
天正17年)生きているので信玄との間を取り持った
のも事実だろう。去年の「真田丸」でも幸村と大阪城
でやり合う(問答)場面があったと記憶している。
幻庵は父・早雲から氏直まで5代にわたって、
つまり秀吉によって滅亡するまでをみてきた、
極めて長寿だった人である。また甲相駿三国同盟
をまとめたのは寿桂尼の娘の婿、北条氏康である。

▼きのう中京競馬場で衝撃の新馬戦があった。
第5R2000メートルのレースで2歳馬がすべての
芝のレース含めてラスト3F最速の32秒6を記録
した。父ディープインパクト、母ミスアンコールの
ワグネリアンは道中、中団で1番人気のヘンリー
バローズをぴったりマークして直線へ。そこから
2頭の一騎打ちとなり鼻づらを並べてゴールした。
3着馬は3頭から5馬身のあとで入線したのだから
2頭が抜けていたことになる。
2着のヘンリーバローズも同32秒8は距離2000
メートルに限れば2位となる。全体の時計は
2分04秒7と遅かったが、勝ったワグネリアン
ともども2頭の今後に注目したい。

▼今夜、丸亀ボート場ではSG「オーシャンカップ」
が行われ、佐賀の峰竜太選手(1号艇)がついに
優勝した。優勝インタビューでは涙声で喜びを
語っていた。峰選手はこれまでSGの準優勝が
4回もあり、常に優勝候補として注目されていたが
、SG優勝戦11度目で悲願のVと賞金2700万円
を手にした。以前は和田アキ子さんとのTVCMで
話題になったが、これからは押しも押されぬSG
レーサーとしてボート界を引っ張ってもらいたい。
ちなみにボクは峰選手から舟券を購入していたが
外れだった。

7/14(金)キャプテンの一言

2017/07/14 金曜日 - 22:00:56 by captain

▼ついに陸地を離れ氷山となってしまった。
このコーナーでも紹介した南極大陸にある
棚氷「ラーセンC」にあった巨大な亀裂が完全
に離れ、およそ5800平方キロメートル、重さ
およそ1兆トンという過去最大級の氷山となって
南極海に浮かんでしまった。季節的に冬に
向かっているこの時期にこうゆうことが起こる
ということは、とりもなおさず地球温暖化が猛
スピードで進んでいることの証拠だろう。これは
12日、イギリスのスウォンジー大学などの調査
チームが明らかにしたもので、先月初めに氷床
とつながった部分が残り17キロメートルになった
いたが、ついにおよそ200キロメートルが完全に
分離してしまった。切り離れた部分はラーセンC
全体のおよそ12%に当たる。棚氷ラーセンは北
から南へA、B、Cがありノルウェーの捕鯨船の
船長の名前から因んで付けられた。しかし、
1995年「A」が、2002年には「B」が崩壊して
しまい「C」だけが残っている。

▼2004年のアメリカ映画「デイ・アフター・トゥモロー」
は地球温暖化によって南極の棚氷が融けること
によって世界中で異常気象が発生する内容だが、
このとき南極の棚氷が崩壊する映像があった。
その映像こそが2002年に崩壊した「ラーセンB」
の実写だった。映画では東京でゴルフボール大の
雹が降った。この映画は温暖化の影響で海流に
変化が生じ、イッキに寒冷化した異常気象になった
というもの。実際、海底流が停止または速度が著しく
落ちると寒冷化するという説を唱える学者も存在する。
しかし、寒冷化の前に南極の氷の多くが溶け出して
いるだろう。地球上にある氷の90%が南極に
集まっているといわれている。9%が北半球最大の
氷の島グリーンランドで、1%が2か所以外に存在
するすべての氷だというから、南極がいかに凄い
かがうかがえる。この南極の氷がもし、すべて
溶け出してしまったらどうなるのか。一説では
50メートル前後も海水面が上昇らしい。そうである
なら地球上にある東京やニューヨークなどほとんど
の大都市が海の底になってしまう。このままの
スピードで温暖化が進めば現実になってしまう可能
性を否定できない。今からでは遅いかもしれないが、
人類の叡智で南極全体を覆いつくす形で氷を溶かさ
ない技術を開発する必要がある。あるいは気象を
コントロールする技術が必要だろう。

▼ことし10月に木星に突入して任務を終えること
になっているNASA=アメリカ航空宇宙局=の
木星無人探査機「ジュノー」が迫力ある「大赤斑」
の映像を届けてくれた。きのうからきょうにかけて
新聞各紙にも掲載された。木星まで9000キロに
接近してい撮影されたもので、この距離はもちろん
これまででもっとも近づいたもの。以前は木星の
大赤斑といえば巨大な楕円形だったが、最近は
円に近づいてきた。最大時には直径4万キロメートル
にも達していたが今回のジュノーからの映像では
1万6350キロメートルと縮小傾向が続いている。
記事では「大斑点」となっており、大赤斑とは
いわないらしいが、ボクらの世代は「大赤斑」の
方がしっくりくる。大赤斑は土星探査機カッシーニ
で有名なイタリア出身でフランスの天文学者
ジョヴァンニ・カッシーニが1665年に発見した。
きょうまで1度も消滅することなくおよそ350年存在
しているといわれている。ただし1714年から1830
年の113年間は観測されていないため、正確には
分かっていないということ。この大赤斑は円に
近づいて、しかもかなり小さくなっている。楕円
時代は長径4万キロもあったが、今回の観測では
1万6350キロまで縮小した。しかし地球の直径
1万2756キロより大きい。木星がいかに
大きいかが分かる数字。

7/12(水)キャプテンの一言

2017/07/12 水曜日 - 21:45:52 by captain

▼2010年6月13日の興奮は忘却の彼方、
といっても過言ではないくらい忘れられて
しまった小惑星探査機「はやぶさ」の奇跡の
帰還。それからおよそ3年半後2014年12月
3日に打ち上げられた「はやぶさ2」について
JAXA=宇宙航空研究開発機構=はきょう
(12日)目的の地球近傍惑星「りゅうぐう」まで
およそ3140万キロに達したと発表した。あと
1年で到着する見通しという。「はやぶさ2」は
生命の元や太陽系の成り立ちなどを解明する
目的で打ち上げられ、これまでにおよそ24億
キロ飛行している。もちろん「りゅうぐう」は地球
と火星の公転軌道上を通っているので直線
距離でそんなに離れているわけではない。来年
の今頃に到達したあと、岩石を採取して2020
年暮れには地球に帰還する予定になっている。
オリンピックイヤーは最後までお祭り騒ぎに
なるのかもしれない。

▼10日と11日の2日間、北海道苫小牧市の
ノーザンホースパークで行われた国内最大の
サラブレッドのせり市「セレクトセール」でことし
生まれたばかりの馬に5億8000万円(税別)
の値がついた。これは史上2位の金額で、これ
までの1位は父キングカメハメハ、母トゥザヴィク
トリーの当歳牝馬ディナシーで2006年のセレクト
セールで6億円で落札されたがターフに姿を
見せることはなかった。ということで今回落札
された父ディープインパクト、母イルーシヴウェーヴ
が牡では№1となった。ことし生まれたばかりの
同馬は1億円からスタートして最後はサトノダイヤ
モンドやサトノクラウンなどのサトノ冠号で有名な
里見治氏とアドマイヤグルーヴやアドマイヤリード
などアドマイヤ軍団を率いる近藤利一氏との一騎
打ちとなった。勝利した近藤氏は「5億か6億と
思っていたから、想定内だけど最後は興奮して
よく分からなかった。1億だから安いとか高いとか
じゃない。競っているのは知った顔だし、意地も
あったから」(サンスポ)と安堵した表情で話した。
われわれには想像もできない金額だが、近藤氏
が2日間で落札したのは最高額の馬を含めて
13頭で合わせて11億4500万円(税別)にもなる。
一方、せりに敗れた里見氏は11頭を落札して合計
金額は11億7200万円となった。2人でこれだけの
金額になったのだから当然といえば当然だが2日間
の落札総額は173億円あまりとなり5年連続で過去
最高を更新した。

▼話題性でいえばキタサンブラックの全弟(父ブラック
タイド、母シュガーハート)だろう。現役最強馬で、
しかもサブちゃんこと歌手の北島三郎さんの愛馬
として今や知らない人がいないと思えるほど有名。
このキタサンブラックの全弟となれば誰もが注目
して当然だろう。落札したのは動画配信を行って
いる「DMM.com」で1億4500万円という高額
落札となった。セレクトセールでは社台系のノーザン
ファームや社台ファームか父ディープインパクトの
産駒が高額取引されると相場が決まっていた。
それが日高・ヤナガワ牧場の生産で父がディープ
インパクトの兄とはいえ、ブラックタイドは地味で
ある。しかし血統上は十分一流といえる。母が
サクラバクシンオーの産駒ということで距離に不安
がつきまとったが、それもキタサンブラックが払拭して
くれた。どんな走りをしてくれるのか注目される。しかも
落札した「DMM.com」は共同馬主クラブ、いわゆる
1口馬主事業を行うことを明らかにした。しかも1頭に
対して1万口にするという。つまり1億円の募集馬でも
1口1万円ということになる。これなら今ある1口数十
万円もするものが多くあるクラブに比べて配当を無視
するなら誰でも参加できるだろう。「DMM.com」は
10日にも父ディープインパクト、母ラヴズオンリーミー
の牝の1歳馬を1億6000万円で落札している。
募集開始を注目したい。

7/10(月)キャプテンの一言

2017/07/10 月曜日 - 22:24:14 by captain

▼凶悪外来種100に堂々と入っているヒアリ。
今度は愛知県春日井市で確認された。これまでと
違うのは初めて内陸部で発見されたことで、現代
の流通事情を考えれば、当然のことで驚くには
値しないのだが、問題は人への被害だろう。
松本雅子アナウンサーが本物のヒアリを見てきた
(三田市で標本で生きていない)と番組で紹介して
いたが「小さ~い」と叫ぶほど1匹だと見つけること
が難しいらしい。確かに2・5ミリから6ミリほどの
小さなアリを発見することは「アリを探す」という
目的がない限り困難なこと。とにかく当分は土の
部分を歩く時は注意を払うようにしよう。
普通の人がコンテナの中をのぞくことはないし、
港湾施設にも近寄ることはないだろうから、自ら
接近しなければ大丈夫だろう。新たな情報に
接するまではある程度の我慢は必要だろう。

▼こちらは間違い、気賀に城が建ってしまった。
きのうのNHK大河「おんな城主 直虎」は龍雲丸ら
によって満潮時には浜名湖に浮かぶ、気賀城が
築城された。父親が城で討ち死にして城を嫌って
いた龍雲丸が図面を作ったようだ。昨夜の放送
ではまたしても「龍の雲」が登場したが、作者
(森下佳子氏)はとにかく龍雲丸にこだわっている。
ただ、歴史的にみて「気賀城」は存在しない確率
が高い。番組最後に紹介する関連地案内でも
浜名湖北部の城として刑部城と堀川城が登場
していた。この二つの内、堀川城が都田川河口
の南にあって満潮になると、城への道が水で
隠れて渡れなくなってしまうといわれていた堀川城
がおそらく「気賀城」のモデルだろう。
ではなぜ、史実の通りストレートに「堀川城」に
しなかったのだろうか。それは作者があまりにも
フィクションに走ったため、歴史を捻じ曲げざるを
えなかったということだろう。それは龍雲丸あるい
は直虎もそうかもしれないが、城で多くの人が
死ぬことになれば物語が成立しなくなってしまう。
もちろん、直虎が城主だったなら、その時点で
「おんな城主 直虎」がジ・エンドとなってしまう。
武田信玄が長男、義信に自刃させ、イッキに乱世
の乱世に飛び込んでしまった永禄11年(1568年)
、三河の徳川家康は今川領内に攻め込んだ。
そして気賀城=堀川城は翌同12年、落城した。

▼もちろん城を守っていたのは堀江城にいる
大沢基胤で、刑部城とともに部下が入っていた。
しかし同11年に刑部城が落ち、翌年堀川城も
落城した。このとき、およそ1700人が立てこもって
いたといわれている。およそ1000人が戦闘で死亡
し、残りおよそ700人も捕虜となった。ある資料に
よれば立てこもっていたのは武士以外の人が
多かったらしい。しかし、以前の書いた通り、当時
専門の武士はほとんどおらず、多くは半農半兵
だった。ただ、堀川城には女子や子どもも多くいた
といわれるが、そのすべてが殺されてしまった。
家康にしては珍しいやり口だが、それだけ抵抗
が激しかったのだろう。のち大沢基胤が立て
こもり徹底抗戦した堀江城では、降伏を認め旗本
として江戸時代を生き抜いているのだから、
堀川城での惨状は信じがたい。こんな曰くつき
の城を物語の中で井伊直虎が指図して「堀川城」
を築城したなどという内容にはできるはずがない。
そこで「気賀城」としたのだろうと推測する。
確かに瀬戸方久が籠城のための物資を都合した
という話もなくはない。しかし、こんな歴史上でも
例をみない悲惨な城をしつこく何話にもわたって
取り上げる必要があったのか、かなり疑問を
感じてしまった。